2013年11月22日金曜日

買っちブ~⑪ ほぼ日ハラマキ



毎年恒例丸ビルポイント5倍デーがやってきたので、Loftで「ほぼ日ハラマキ」を買っちブー!
私は真冬でもTシャツと綿のパジャマズボンで寝てるので、あったかいお布団の中とはいえお腹が出てることがしょっちゅうでした。「冷えは万病のもと」と言うし、冬はハラマキをした方がいいのかな、と思いもとめました。
とはいえ、ほぼ日ハラマキはハラマキにしては結構いいお値段(3,570円)するし、素材は綿で「本当にあったかいのかなぁ…?」とちょっと心配でしたが、これがつけてみると本当にじんわりとあったかい!!今日は早速仕事にもしていきました。駅から職場まで20分歩くので汗をかくほど暑くなるのですが、綿で通気性がいいから熱がこもらなくて快適!!お尻まですっぽり隠れるもう少し長いサイズも欲しくなってしまいます。
なんだかハラマキって「男はつらいよ」の寅さんみたいで、していて楽しいです。

2013年11月19日火曜日

TOLO CAFFEEとトトロのシュークリーム





私の家の近くにある「TOLO COFFEE & BAKERY」へ行きました。もともと素敵な建物のお店があることは知っていて、引っ越したばかりの頃「最寄り駅付近にパン屋は無いだろうか…」と探したけど、当時そこはケーキなどの洋菓子屋さんでした。数ヶ月前に行った時には「あ、パンも売ってる」と思ったのでしたが時間が遅くて希望のものは買えず。そして今回行ってみたら…トトロのシュークリーム「白髭のシュークリーム工房」とやらが1階部分に入ってる!!
姉のお友達がそこのカフェが好きだというので一緒に行くことになったのですが、ここはかつて外国人が別荘?として使っていたという素敵な建物で、冬は暖炉に火が入るそうです。午前中は日当たりも良くポカポカで、静かで窓の外はお庭の木の紅葉が見えて…そんな秋日和の似合うカフェでサラダとカルボナーラとトトロのシュークリームと香りのいいフレンチコーヒーを楽しみました。
トトロのシュークリームはジブリとの契約で三鷹の森とここだけでしか買えないとか。トトロがキライな日本人はあんまりいないから、お土産にいいですね!!実際とても美味しかったです…が、一つ400円前後。普段そうそう自分のおやつには買えないお値段です…。

2013年11月12日火曜日

東山千栄子さん③ 関東大震災



さて、またまた東山千栄子さんに戻りますが、これで最後です。長らくおつきあいありがとうございました。最後は関東大震災の話(これまた時代や…)。
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表面は調うた生活をしながら、過ぎて行く月日をとらえる術もなく暮らしているところへ、あの大震災が見舞いました。
下町の住居ではありませんから直ぐに戸外へのがれて、身命に及ぶような被害はありませんでしたけれど、瞬間に行われた帝都の大破壊の前に、私は初めて長い眠りの眼をさまされました。
あっという間に生命を失った数十万の人々、人間の一生はいつ済んでしまうか知れないのだった。現在に不満なのは何かを未来に待つもののあるしるしなのだが、それが何なのかも突きとめないで惰性で生きている間に、自然の暴力で突然未来を遮断されてしまう。
そう感じた時、私の胸ににわかに激しいうずき上がったのは「これはこうしてはいられない」という思い、これまでにない強い反省に直面しました。「たとえ一日でもより完全に生き切らなくては」そういう焦燥にかられながら、その秋から冬、春と過ぎたところで丁度築地小劇場の発足に出会ったのでした。
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3.11で「震災婚」「震災離婚」などという言葉も出ましたが、結婚だけに限らず対象の違いはあれど、何かこのままではいけどないと同じような気持ちになった方はずいぶんいたのではないでしょうか。そして「現在に不満なのは何かを未来に待つもののあるしるしなのだが」という文章、わかるような…あんまりわからないような…東山千栄子さんには幸運にも築地があったけど、そうは思っても具体的に動ける人は少ないですよね。。。

築地小劇場には私の大伯父などは随分通ったそうで、私の母も学生時代俳優座の芝居を観ては東山千栄子さんからサインをもらっていました。私が生まれた年に彼女は亡くなっているので私は小津作品や「紀ノ川」「喜劇・にっぽんのお婆あちゃん」のような映画しか観たことはありません。でも「新劇女優」というタイトルでしたが映像で残るっていうのはスゴイことですね。舞台だけだとそうはいかないから。

写真は「フィガロの結婚」の伯爵夫人ロジーナ。珍しくキレイです。

2013年11月8日金曜日

タイ料理




毎年恒例のKissaniさんの個展が5周年ともあり、表参道駅から個展会場galerie doux dimancheさんへの道のりは馴染みのものとなりました。その途中にある古~~~い木造のおうち、もう開けてはいないけど人は住んでいる様子のクリーニング屋さん(看板がそのままになっている)が、素敵だなぁ…といつもいつも気になっていました。
なんと!!今年行ってみるとそのおうちがタイ料理屋さんになってる!!個展の帰りに姉と姉の同僚の方と入ってみました…ら!!これがこれが大当たりなお店でして!!美味しくて安いプレートご飯に生春巻きとカレーがついて900円というお値段なうえ、そのお店のタイ人のお母さんが、これまた驚くほど面白ろ優しい!!「おまかせにしてくれたら、サービスする!」「夜はお客さんが来なくて私クビになる!」「お腹いっぱいになってくれたら、それが一番嬉しい」「コップンカー」と、たくさん喋ってくれてお腹も心も満たされました~♡♡なにより、ずいぶんタイ仕様にはなっていたけどずーーーっと気になっていた昭和な古いおうちにあがれて(お店だけど)、その空間を楽しめて幸せでした~。
ランチは今年の8月から、ディナーは10月からというできたばかりのお店で、HPや食べログ等はまだないようですが、Lai Mai(多分)というこのお店、表参道駅徒歩3分、本当にオススメです!!…というか、このお母さんがクビにならないよう皆で食べに行きましょ~(;0;)

2013年11月7日木曜日

祝☆Kissani嬢個展5周年!!





さて、毎年恒例のKissani嬢の表参道galerie doux dimancheでの個展も今年でなんと5周年目を迎えました~パチパチパチ…素晴らしいですね!!
その歴史を拙ブログでふり返ってみますと…1年目「“Minkävärinen?" あなたは何色?」、2年目「“Kaulaliinoja" ストール」、3年目「“Lämpimiä Kaulaliinoja" あったかストール」、4年目「“Syyskukkia" 秋の花」、そして今年5年目「“Talvinen Ruutukuvio" 冬のチェック柄」となります。
さて、「冬のチェック柄」という今回の展示、前回よりもさらにフカフカのストールというよりマフラーも増え、あったかさが増し、更に素敵な素敵なヘリンボーン柄もありました!!毎度毎度のことですが惹かれるストールを試しに巻いては、Kissaniさんや他のお客様に「似合う」だの「カワイイ」だの「今日のお洋服にピッタリ」だの言っていただき、すっかりその気になり今回はなんと!!私には珍しい濃いブルー系チェックの「Lady」というストールを1枚もとめました。
今までのKissaniさんストールはいつもピンクがメインでしたが…今回は大人ですよ~!ブルー、紺だけどベージュも入っているからあたたかい色合い。ベージュの服にもデニムにもパリで買ったプリアージュにも合わせやすいのです!!早速今日から巻いています♡♡
私が撮った写真はイマイチなので、Kissaniさんのブログからキレイな個展の様子をご覧ください。10日(日)まで。

2013年11月6日水曜日

東山千栄子さん③ 奥様と女中の違い



さて東山千栄子さん、1917年に夫婦で短期間日本に帰ってきていた間にロシア革命が起きてしまい(歴史~!)、その後の旦那様のフランスやアメリカへの赴任には同行せず(もったいな~い!)、その間日本で「有閑夫人」をやっていたそうです。
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そんな私が、どうして役者になったのだという質問には、モスコー芸術座で観たチェホフの芝居、トルストイの芝居、メーテルリンクの芝居、その美しい舞台が私の心の底に演劇の情熱を燃やさした―と答えたいところなのですが、実際のところは大正八年に日本に帰ってきてみると、子供もいないし、両親も亡くなっていて、全くの有閑夫人だった、私の心の空虚さが、築地小劇場に入った動機だったのです。
女中が三人も四人もいて主人と二きりの生活―自分の情熱のはけ口がないのです。結局、恋愛でもするようになる。正直なところ、そんなゴシップもとんだことがあります。それでは主人の顔を汚すことになるので、奥様芸だったけれども、長唄をやったり、ピアノを習ったり、絵を描いたり、とにかく自分の情熱をもてあましていたわけです。
そんなときに小山内先生や土方与志先生が築地小劇場を始めたという話をきき、なかなか評判も高いので、一度観に行ったわけです。(略)芝居を観ていますと、洋服の着附けなどが下手で、西洋人になっていないのです。八年も外国生活をしてきたので、着物の着附けだけでも、私がやったら、奥様と女中の区別位はつくのじゃないかと思ったが―年もとっているし、素養もある筈はなし、とてもスターなんかにはなれそうもないけれど、女中の役でもなんでもいい、情熱のはけ口として、こんなにたのしい世界は、他にはないのじゃないか―。
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夫婦二人にたいして女中さんが3~4人だの、あのお顔とキャラでゴシップだの、趣味で長唄!?だの、もうツッコミたいところがたくさんなのですが、やはりこれを読んでビックリしたのは、大正時代の日本人がいかに洋装の知識が無かったか、ということです。奥様と女中の区別もつかない衣装ってどんなの着てたのさ、築地の人達は!?!?…と思うと同時に、とうに廃れてしまった新劇ですが、何にでも手探りの黎明期があったんだなぁ~と日本近代演劇の歴史を垣間見たようで小さく感動せずにはいられませんでした。
写真は千田是也のハムレットと母ガートルードです。あの顔でガートルードか。。。

2013年10月29日火曜日

東山千恵子さん② 女学校時代の話



さて、東山千栄子さんの話の続きです。
生家が佐倉藩の家老であったり、明治の世に養父が帝大教授であったり、女学校を卒業してからはフランス語を習ったり、旦那様が貿易商でモスクワ支店長だったり、金貨で買い物をしたり、ヨーロッパの小説の原書の入手は思いのままだったり、モスクワではオペラやバレエやはてはスタニスラフスキーやチェーホフの芝居をリアルタイムで観たり…ともう私なぞから見たら「自慢!?全部自慢!?自慢大会!?」と思えるようなエピソードの連続なのですが… 女学生時代の章で、こんな風に書かれていました。
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私が麹町の富士見高等小学校の高等二年のとき、学習院女学部の入学試験を受けました。明治三十六年のことです。
当時はまだ階級的な差別観が、どの社会でもきびしくて、私の家は代々佐倉藩の家老だったとはいえ、貴族の子弟を教育する、学習院に堂々といけるほどの格ではなかったのですが、なんでも、学者の子供を、華族のあいだにいっしょに入れて、生徒全体の学力を高めることになっていたんだそうです。富士見小学校は、当時できる生徒ばかりでした。ちょっと自慢めいてきますが、私は二、三番を下ったことがなく、学習院の試験もよくできました。
ところで、私の代わりに、合格者の発表を見にいった人が、おどろいて帰ってきました。一年生の合格者の中に、私の名前はなく、二年編入の名前のなかに、私の名前がはいっているというのです。私もびっくりしました。ハテ、そんなことがユメにもあることでしょうかと、首をかしげました。ところが、ほんとうでした。あとで、学校に家の人が、たしかめにいったところ、私を一年生にいれたのでは、学力がありすぎ、ほかの生徒がこまることを心配して、特に二年編入ということになったということです。
下田歌子先生が校長先生でした。学習院はほかとちがって、通信簿は、封書になっていて、そのまま親に渡すようになっていました。一学期の通信簿の成績で、乙が二つあったので、私は、おやおや、小学校では全甲の成績だったのに、ばかに成績がおちたと首をかしげました。ところが、ほかの人たちは、「甲が二つあったわ」とか「甲が四つになったわ」などと言って、話しあっているのです。こんなわけで、学習院は勉強の点では、ずいぶん楽でした。
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・・・???わざわざ「ちょっと自慢めいてきますが」とあえて断って話す内容が、たかだか小学校と試験の成績の話。他の「自慢」に聞こえる話は彼女にとってただの自分の歴史の一部でしかなく、「自慢めく」話でさえないのでしょうか???だとすると、朝吹登水子の軽井沢のお嬢様生活も自慢じゃなかったのかな…??
ところで、学習院女子部長が下田歌子だった時代…に生きてる人なんですね…明治だわ。
写真は生涯の当たり役となった、チェーホフ「桜の園」のラネーフスカヤ夫人です。